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その時何かを感じた文の個人的な保管庫 忘備録

竹森 最低水準はキープして、すごく安く作るということを考えるときに、何がカギになるんでしょうか。そういう制約を抱えた中で製品を造る際には、全体の設計が必要だということでしょうか。

藤本 それをバリューエンジニアリングと言います。工学的な意味で、「価値=機能÷コスト」という式があります。お客さんは機能を買うんだから、機能を一定にしながらコストを下げていく。例えばボルト3本で留めていた部品を、同じ機能がボルト2本でできると分かれば2本に減らす。

 日本の高級車は、1990年代初めには1台あたり5000本ぐらいのボルトを使っていました。今は4000本を切っているでしょう。1000本以上減らしているんです。こういうバリューエンジニアリングをやっていくのが日本の得意技です。地道にこれをやる。機能を犠牲にしないでより安く作る。

 トヨタはこれを円高ショックの1993年ごろから、「バブルのあか落とし運動」とか言って続けました。彼らの言う数字では(これは部品メーカーを泣かせることも含めてでしょうが)、年間1000億円ずつ削減しました。これを10年間ずっとやったのです。

 そして、10年後の2002年にトヨタは1兆円の利益を出しました。ところが片方でデータを見ると、今言ったように、年間1000億円はバリューエンジニアリング、あるいはバリューアナリシスでコストを下げましたと言っている。

 僕はトヨタさんの本社の幹部に言いました。設計が頑張って、1000億円×10年で1兆円コストダウンしたのに、利益が1兆円ということは、本社の人たちは何をやっていたんですか、ほとんどこれは現場の頑張りじゃないですかと。そうしたら、本社の人は、「お前には言われたくないけど、その通りだ」という言い方をしていました。

「電気自動車で一発逆転」はあるか?:日経ビジネスオンライン

この対談、本当に面白い。

(via kashino) (via msnr)

そしてバリューエンジニアリングによって耐用年数のコントロールもできます。それが資源制約を受ける21世紀のエコノミーにとって正しいことなのかは、私には分かりません。

(via tekusuke)

結局これって,部品を減らしてコストを削減するわけだから,余裕がなくなっていくわけで,つまりそれだけ品質も下がっている可能性があると理解すれば良いのかな.そこまで悲観的に考えなくて良いのだろうか.

(via cyberperiscope)

経年劣化が加速するのはかなりガチだと思います。あと個別部材への要求水準が上がるので、そこでエラー(理論値を下回る性能しか得られないことが「後で」分かった、など)が発生した場合のダメージも大きくなります。

ゆえに、部材メーカーに求められる信用能力の水準が上がって、結局大手のヘゲモニーの下に入らざるを得なくなるわけですが、会社が大きいことと会社に能力があることは独立なので、値段は叩かれるは、生産管理はできないわ、みたいなことがあちこちで頻発すると、否応なく経営の柔軟性(=大手のわがままに追従していける能力)が必要になって、あれこれって非正規雇用の話でしたっけ?ということになります。

(via tekusuke)

単純なMTBF論では語れないですねえ.結局しわよせは工程の末端に来るのも日本的といえば日本的.

(via cyberperiscope)

(via otsune) (via vmconverter) (via jacony)

2009-07-01

(via gkojay) (via konishiroku) (via etau0422) (via sivamuramai) (via raitu)

よく女性の出生率トータルで語られることが多いですが

実は、
結婚後の1人あたり出生率は1972年から2005年までさほど変わっておらず
目立って減少しているのは、婚姻数。

以前、小学校に入った年の子供がいきなり「もうこれから何もいいことが起こらないような気がする」と泣き出したのを聞いて、ぎょっとしたことがある。

クリスマスとお正月が過ぎ、三学期が始まったばかりの頃だった。楽しいことが終わって寂しくなったのか、学校で何かいやなことがあったのかと思ったのだが、その子はつぎの日高熱を出した。インフルエンザを発症したのだ。

大人であれば、風邪の引き初めの「何かだるいような感じ」「なんとなく普通ではない感じ」と表現したのだろうが、その「感じ」を六歳の子は、「これから何もいいことが起こらない感じ」と表現した。つまり彼にとっての〈世界〉は、未だ身体と心が別物ではない、風邪に罹った身体の不調は、未来への不安として知覚されたのだ。

わたしたちは「言葉」を介して世界とふれあっている。わたしたちが目で見ているのは、「ものそのもの」ではなく「言葉」であり、「音そのもの」ではなく「言葉」であり、感覚といわれるものですら「暖かさ」「静けさ」「穏やかさ」という言葉を感じているのだ。だが、もしかしたら「痛み」「不快」「不調」「不安」という言葉での分節を知る以前の赤ちゃんにとっては、何もかもが同じことなのかもしれない。

わたしは以前から眠くなった赤ん坊や幼児が泣くのが不思議でならなかった。眠たければ寝ればいいのに、何をいったいぐずぐず言っているのだ、と、眠くてぐずぐず言う弟を見て腹を立てたものだった。だが、彼にとっては、「痛い」のも「眠い」のも、あるいは母がそばにいなくて「不安」なのも、全部同じものとして感じられているのかもしれない。眠くてぐずぐず言うのを、母が抱き取って「よしよし、眠いんだね、ねんねんよ」ということで、「眠い」という分節を知り、転んで泣き叫ぶのを「よしよし、痛かったんだね、お薬をつけようね」と言いきかせて「痛い」という分節を知る。「言葉」を使うこととふるまうことが一緒に示されることで、赤ん坊は言葉の世界に入っていく。そうして言葉の使い方をある程度は知っている六歳の子は、その不安=不調を言葉でそう表現したのだ。

言葉の世界の住人であるわたしたちは、もはや言葉によって分節されなかった世界がどんなものか、想像すらできない。「わたしの身体」「わたしの手」「わたしの足の指」などというように、そんな「身体」を所有している「わたし」が身体とは別にどこかに存在しているかのような気持ちでいる。

けれど、疲れているときのものの見方は疲れていないときとはちがうし、アグレッシブな音楽を聴いていると、自然と気持ちは高揚する。気持ちに対しては嘘はつけても、身体をだますことはできない。風邪を引いたりしたときは、おそらく身体が真っ先に気づくのだ。けれど、言葉で身体と意識を隔ててしまっていると、言葉を使わない身体の声は聞こえない。身体の声を聞く回路というのは、おそらく大人になってしまえば、意識的に作り上げていかなければならないものなのだろう。

「仮想」と聞くと、かなり前のことですが、日本IBMでシステムズエンジニアをしていた方が「virtualを仮想と誤訳した責任は我々にあります」と反省の弁を述べたことを思い出します。米IBMがvirtual memoryを発表した時、日本IBMが仮想記憶と翻訳しました。virtualの意味は「事実上の」「実質的」ですから、virtual memoryとは「本来のメモリーではないが事実上メモリーとして使える技術」を指します。ところが、仮想記憶と訳したため、実体がない想像上のメモリーという印象を与えてしまい、しかもコンピュータの世界でvirtualが出て来ると必ず仮想と訳されるようになりました。同氏は「もっといい訳にしておけば」と悔やむ所以です。とはいえ今考えてみても、しっくり来る言葉はなかなか見つかりません。言葉の難しさを感じます。

「言葉のインフレ」は経済のそれよりはるかに恐ろしい:日経ビジネスオンライン

英辞郎を引いてみたら確かに “実体・事実ではないが「本質」を示すもの” とあるな。してみると「ヴァーチャルな社会」なんて言い方も、英語圏の人と日本人では受ける感覚が全然違うのかもしれん。

(via raurublock) (via urume) (via yaruo) (via gkojax) 2010-04-02 (via gkojay) (via k32ru)

(via lemp3)

(via head) (via katoyuu) (via deka2) (via tost20) (via mamemomonga) (via konishiroku) (via etecoo)

# 順位に目がくらんで、戦う相手を間違えちゃあ、いけない
# 目標は「トップになること」じゃない。これだけは譲れない、大切な何かを実現すること
# 肝心なのは、トップと自分の順位を比べて卑屈になることじゃない。最下位でも出来ることを探すこと
# 自分の得意なものと、限界点を知ること。やりたいこと、やれることの着地点を探すこと。最下位の人間には、最下位の戦いかたがある
# 「どうしたら夢が叶うか」って考えると、全部あきらめてしまいそうになる。「どうしたらそれで稼げるか」って考えれば、必ず、次の一手が見えてくる
「原発は止めろ、でも安定供給は崩すな、もちろん値上げなんてもってのほか」という要求を見て、「休日出勤は止めろ、でも納期は守れ、もちろん残業なんてもってのほか」を連想した。

スティーブ・ジョブズはアメリカの成功の代表なんかではないし、アメリカにおいても彼は完全な例外です。アメリカの大部分の評論家が言っていたことと真逆のことをやってアップル社を再生させましたし、アメリカのIT界にあっては異端児です。アップル社のイノベーションの仕方は明らかにグーグル社やアマゾン社と異質で、アップル社だけがiPhoneとかiPadでイノベーションを起こし、それを他社が真似するという構図が完全にできあがっています。

スティーブ・ジョブズは株主利益を尊重していませんでしたし(これは公言しています)、MBAどころか大学も数ヶ月で中退していますし、ほぼすべての評論家がMacOSもWindowsのように他メーカーにライセンスすべきというときにライセンスを全部取り消しましたし、インターネット時代に直販小売店戦略を始めるなんてバカバカしいと言われた中でアップルストアを成功させました。しかもアップルストアを始めるに当たって、小売店を締め付け、販売を制限し、販売チャンネルを大幅に減らすという常識では考えにくいことをやっています。評論家や経営のプロが言っていたことの逆のことをすることによって、ジョン・スカリーなどの経営のプロがぼろぼろにしてしまったアップル社を立て直したのです。

アメリカでも完全に例外であるスティーブ・ジョブズのような傑出した起業家が出てこないのは、別に日本だけの悩みではなく、アメリカの悩みでもあり、iPhoneやiPadを真似ることしかできていない韓国の悩みでもあります。

物理板で

「ほんとはもんじゅより常陽のほうが危険なんだけどな」

とボソっと呟くヤツがいた。


もんじゅはトラブルの内容が分かってるが、

常陽はなにがどうなってるのかすら、ほとんどわからない。


だいたい公式な事故報告が無くて、

学会で「事故回復のための装置をつくったよ、という論文」が何気なく発表されたとき

はじめて事故があったことが明るみに出た。


原子力関係ってこんなことばっかり。

人間は、蓄積がモノを言う。
 その道10年の奴と、今期から手を出しました、では勝負にならない。
 新卒と、ベテランに同じ戦力は求めない。

 歩いてきた道は嘘をつかないし、知っている道は早足で抜けることが出来る。落ちた落とし穴は2度目以降は警戒する。

 これは、「貯めてる奴が、貯めてる分野では強い」という当たり前の話であって、じゃあ若者は勝負にならないかというとそういう話ではない。

「貯める気がある奴が強い」

 若者だろうが、今まで蓄積が無かろうが「貯める気があればどこまでも蓄積されていく」

 教える側からすれば、
 貯める気のある奴には、突っ込んでモノを教えるし、考え方を教える。
 貯める気の無い奴には、近道と結果だけを出す方法しか教えない。

 教える方だってコストが高いんだから、蓄積する気の無い奴を相手にしてられないわけだ。

 教えてもらう側もこれは一緒だ。
 教えてもらう側になった時は「蓄積する気がある/ない」を明確にするのがいい。

 蓄積する必要がなければ、単純な手順だけ覚えてショートカットすればいい。
 蓄積する必要があれば、仕組みと考え方を理解しないといけない。

 それが明確なら教える方のコストだって明確だ。覚える気のない相手に、懇切丁寧に教える必要もなくなる。

(大事な事なので角度を変えて2回書きました)

 世の中の、やる事、やれる事の量はもう、とんでもないので。
 すべてを覚える事は不可能だ。

 ただし、何かをやろうとしたら、自分が出来ない事を出来る人の世話には必ずなる。
 自分にない蓄積をしている人はリスペクトしたい。

働く人が自分の能力を積み重ねる話。:島国大和のド畜生

思わず全文引用。
いろいろ同意。

(via tatsukii) dsbd

2011-02-06

(via hetmek)

Team Hoyt 

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